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足元を看る

昨日は日食・・・

眩しくて手をかざして太陽を見ました。

「手をかざす」で、思い出したことがあります。

昔、看護学校で習った・・・

「看護の゛看″の字は、目の上に手が乗っかってる。

大丈夫ですか?お加減いかがですか?って、優しく額に手をかざす。

患者さんの状態を手にとって、よく見るのが看護」であると。

当時非常に好きだった言葉であります。

でー

゛看″で関連する言葉に、

「看脚下」って言葉があります。

お寺なんかで見ることがありますが、

今の自分に必要な言葉かな・・・って思いました。

どう言う意味かといいますと・・・

玄関なんかに貼ってあると、「履物をちゃんと揃えなさい」という意味らしいのですが

自分の立っているところを看さだめて、自戒しなさいって言う意味で使われるようです。

法話でも使われるようです。

以下引用します
(自分のメモ引用なので、小さくしておきます。
ご興味のある方、リンクはこちらです→ここ!

禅に「看脚下」という言葉があります。昔、中国に法演(ほうえん)という禅僧がいました。その坊さんが、ある晩、3人の弟子を連れて寺に帰る時のことです。暗い夜道ですから明かりを灯さねば帰れません。その時、一陣の風が吹いてきて、その灯が吹き消され真っ暗になってしまったのです。一向はそこで立ちすくみます。その時、法演が三人の弟子達に向かって質問をしました。「暗い夜に道を歩く時は明かりが必要だ。その明かりが今消えてしまった。さあお前達、この暗闇の中をどうするか言え」と。

 ここで暗闇とは、自分の行く先が真っ暗になったということです。例えば、思いも寄らない災難に遭って、前途暗たんたるところをどう切り抜けていくかという問いです。

 そこで弟子たちが、それぞれ自分の気持ちを言葉に出して述べた。まず、仏鑑(ぶっかん)という人が「すべてが黒一色のこの暗闇は、逆にいえば、美しい赤い鳥が夕焼けの真っ赤な大空に舞っているようなものだ」と答えました。しかし師匠はうなずきません。

 次に仏眼という人が答えた。「真っ暗の中で、この曲がりくねった道は、まるで真っ黒な大蛇が横たわっているようである」と答えた。またも師匠は許しません。

 そして最後に、圜悟克勤(えんごこくごん)が「看脚下」(かんきゃっか)と答えました。つまり「真っ暗で危ないから、つまずかないように足元をよく見て歩きましょう」と答えたのです。この言葉が師匠の心にかない「そこだ、その通り」と絶賛したというこです。

 暗い夜道で突然明かりが消えたならば、まず今ここでなすべきことは何か。それは他の余計なことは考えずに、つまずかないように足元をよく気を付けて行くということなのです。もう一歩進めて解釈をすると、自分自身をよく見なさいと。つまり、自分の足元を直しながら、我が生き方を深く反省しなさいということなのです。足元を見ると同時に、我が人生の至らなさを見て欲しいのです。未熟である自分に気づく、発見する・・・。足元を見ると言う事の中には、そういう大事な意味があるのです。ここに、もうちょっと違った人生の見方ができるのではないでしょうか。

・・・

とりあえず、玄関の靴

そろえよ~っと

Dsc_0276

うちのライラックです。

夕日に照らされて、うつくしー

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